豊田耕作

豊田 耕作
生誕 1923年1月4日
日本の旗 日本 広島県
死没 (2012-02-13) 2012年2月13日(89歳没)
居住 日本の旗 日本
国籍 日本の旗 日本
研究分野 材料工学、金属工学
出身校 千葉工業大学
プロジェクト:人物伝
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豊田 耕作(とよた こうさく、1923年大正12年)1月4日 - 2012年(平成24年)2月13日[1]) は、日本の教育者、金属工学者(冶金学者)。千葉工業大学元理事長・千葉工業大学元会長。

来歴

  • 1923年、広島県で生まれ
  • 1933年、父親の仕事の都合から東京に転居
  • 1937年、旧制芝中学校(現芝中学校・高等学校)入学
  • 1942年、興亜工業大学(現・千葉工業大学)工学部冶金学科予科に入学
  • 1946年、戦災により、東北帝国大学預かりとなり、同大で卒業論文を作成
  • 1947年、千葉工業大学第一期生として卒業
  • 1949年、日精株式会社に移籍
  • 1959年、千葉工業大学常務理事に就任
  • 1969年、日精株式会社を退社し常務理事職に専念
  • 1986年、千葉工業大学理事長に就任
  • 2012年、千葉工業大学会長に就任[3][4]

脚注

  1. ^ “【おくやみ】豊田耕作氏(千葉工業大学会長・前理事長)”. 日刊工業新聞電子版 (2012年2月14日). 2023年7月17日閲覧。
  2. ^ 国家公務員上級試験に合格し、一度は技官として総理府に入ることを志したが「官庁では技官の将来などたかが知れている。民間会社に入れ」との父のすすめで森曉が主宰していた会社に入社する
  3. ^ 「学校法人千葉工業大学理事長に瀬戸熊修が就任」『大学プレスセンター』「大学ニュース」「その他」 2012.01.19 07:00
  4. ^ 「https://www.it-chiba.ac.jp/cit_news/media/120315/topics1.html 豊田耕作会長 逝去 強い大学へ発展を牽引 経営や学部制、劇的に変革」『NEWS CIT』 2012.3.15 1面

関連項目

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