里見良顕
里見 良顕 さとみ よしあき | |
---|---|
| |
生年月日 | 1852年 |
出生地 | 仙台藩 |
没年月日 | 1934年9月14日(満81歳没) |
死没地 | 台湾 |
在任期間 | 1898年4月8日 - 1903年3月13日 |
台湾総督府総督官房文書課員 | |
テンプレートを表示 |
里見 良顕(さとみ よしあき、嘉永5年(1852年[注 1])-昭和9年(1934年)9月14日[1])は、明治時代の仙台市長を務めるなどした官吏である。
経歴
1889年(明治22年)、初代・仙台市長、遠藤庸治のもとで助役を務めた[2]。1898年(明治31年)、第2代・仙台市長に就任し、1903年(明治36年)に辞職した[3]。その後は台湾総督府総督官房文書課・秘書課に赴任し[4]、大正5年(1916年)まで職員として勤務した。
父は儒者であり仙台藩校養賢堂助教の里見良恭(里見樵洞)[5][6]。良顕はその長男[7]。仙台藩士の詩歌人、里見重時[8]の後裔。
脚注
[脚注の使い方]
注釈
- ^ 『人事興信録 初版』954頁では安政元年10月11日生。
出典
参考文献
- 人事興信所 編『人事興信録 初版』人事興信所、1903年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779810。
| |||||
---|---|---|---|---|---|
1988年3月1日編入 |
| ||||
官選 |
| ||||
公選 | |||||
カテゴリ |
- 表示
- 編集