馬場壇A遺跡

座標: 北緯38度37分45.1秒 東経140度54分55.6秒 / 北緯38.629194度 東経140.915444度 / 38.629194; 140.915444

馬場壇A 遺跡の位置(宮城県内)
馬場壇A 遺跡
馬場壇A
遺跡
位置

馬場壇A遺跡(ばばだんAいせき)は、宮城県大崎市古川清水字三丁目(旧古川市)にある、かつて前期旧石器時代のものとされていた遺跡。現在の宮城県遺跡分布図では縄文時代弥生時代古墳時代にかけての埋蔵文化財包蔵地(遺跡)として掲載されている[1][2]

概要

1975年(昭和50年)に発見され、石器文化談話会と東北歴史資料館によって1984年(昭和59年)から1988年(昭和63年)までに6回にわたって発掘調査が実施された結果、前期旧石器時代から後期旧石器時代にかけて年代にすると約5-20万年前にわたって合計8枚の生活面が明らかにされたと発表された。特に約11-13万年前の土層からは大量の石器が発見され、これによって日本における前期旧石器時代が確実なものとされた。

ところが、2000年(平成12年)11月に旧石器捏造事件が明らかにされた結果、馬場壇A遺跡に関しても疑惑が持たれた。日本考古学協会による再調査の結果、同遺跡からの旧石器は捏造と判断された[3]

その結果、宮城県は同遺跡の旧石器時代遺跡としての登録を取り消し、縄文時代以降の遺跡として取り扱われることになった[1][2][4]

脚注

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  1. ^ a b 宮城県遺跡地名表(宮城県)
  2. ^ a b 宮城県遺跡地図情報トップ(宮城県)
  3. ^ 宮城県「旧石器発掘ねつ造関係遺跡の検証調査結果・表7」
  4. ^ 埋蔵文化財|旧石器発掘ねつ造関係遺跡の取扱い(宮城県)

参考文献

  • 梶原洋「馬場壇A遺跡」(『国史大辞典 15』(吉川弘文館、1996年) ISBN 978-4-642-00515-9)

関連項目

分野
年代
地域
  • アフリカ考古学(英語版)
  • 南北アメリカ大陸の考古学(英語版)
  • アジアの考古学
  • 中国考古学
  • オーストラリアの考古学(英語版)
  • エジプト学
  • アッシリア学
  • 中東考古学(英語版)
  • ヌビア学(英語版)
手法
主題
理論
欧米
  • プロセス考古学(英語版)
関連分野
研究方法
考古資料
遺跡の保護と活用
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